今日から新しいCAD/CAM冠用材用が保険適用となりました。クラスⅤ、PEEK(ピーク)冠です。
製作する歯科技工士の見地から、このPEEK冠のこれまでの材料との違いなどをお伝えします。
松風PEEK
まずブロックの外観です。
持ってみると非常に軽量です。比重が小さいというのはPEEKの特長のひとつです。色はこの「IVORY」の一色のみです。
CAD/CAM冠用材料(Ⅴ)の適用範囲は大臼歯の単冠です。EXOCADで通常通りにデザインを行います。
各種パラメーターはCAD/CAM冠用材料(Ⅲ)の場合と全く同じで大丈夫です。
加工にはCanon MD-500S、CAMにはHyperDentを使用します。CAMの設定もCAD/CAM冠用材料(Ⅲ)と同じです。
まずミリングマシーンへの装着感がこれまでと少し違います。
保持バーがブロックと一体形成されているため、他のCAD/CAM冠用ブロックにある台座部分がなく、その分だけジグとの間に隙間が空き、一瞬、戸惑います。
また、保持バーがPEEKで出来ているので、固定のダボネジが締めれば締めるほど回り、トルクレンチが効きません。なので適当なところで止めておきます。
けば立ちが物語るPEEKの「ねばり」
この材料について歯科技工士が一番驚く瞬間は加工直後にきます。ご覧の通りにとんでもなくけば立っています。
PEEKにはこの材料特有の「ねばり」があり、ポイントで切ったり削ったりするとこのように猛烈に毛羽立ちます。
同じCADデーター同じCAMで加工したクラスⅢ冠と比べるとその差が歴然です。
また、ディスクでスプルーをカットする際にも、手にこれまで感じたことのない異質の硬度感が伝わってきます。「硬ぇ。君、本当にプラスチックか?」
加工直後の支台歯への適合。右のクラスⅢ冠と同条件で全く遜色ありません。
切削加工の材料としては半焼結体のジルコニアに見られるような加工中のチッピングの心配は全くなさそうです。
ミリングマシーンによる切削加工は対象の材料が硬ければ硬いほど難しい作業となります。残念ながら歯科用PEEKについての正確な硬さの公表値が見つかりませんが、クラスⅢの約80HVよりは明らかに硬く、その分だけ正確な加工が難しいと思われます。
内面やマージン付近にも毛羽立ちが発生します。今回使用したCanon MD-500Sでは問題なく加工できましたが、加工機に剛性がなかったり、あるいはバーの切れ味が悪かったりと、加工機の状態が悪いと適合に大きく影響することが予想されます。
(追記:この記事を読んでくださった技術者の方から連絡があり、PEEKについてはCAD/CAM冠の設定をそのまま使うよりも、けば立ちを抑えることが出来る最良の加工の設定があるそうです。そちらのレポートも近日公開します)
仕上げは機械研磨一択。
CAD/CAM冠の仕上げには機械研磨をせずに、クリアコートを塗布する方法もあります。実はこの方法はCAD/CAM冠のコンタクトやバイトが甘くなってしまった場合の補正方法としても有効です。
このPEEKにもクリアコートがのるか試してみたところ、手持ちの材料では一見くっついたように見えるのですが、研磨するとクラックが入ります。
研磨に使用するポイント類です。
まずユニバーサルポリッシャーでスプルー痕のならしや大まかなコンタクトバイト、補強幅の調整を行った後、セラマスターでさらに細かい調整を行います。その後ジルコンブライトをつけたブラシ、バフと進みます。
研磨感も相当に硬く、感触が似ているものではミリング加工のチタン冠が最も近いです。
清掃にスチームクリーナーを使用すると表面が曇ります。最後は「何もつけない新品の」ソフトのロビンソンブラシを使用すると、素晴らしい艶が出ます。
完成したクラスⅤ PEEK冠
PEEK冠の内面。この後、接着のために内面へサンドブラスト処理を行います。
MPaだけではもはや判断できない?
これまで歯科用材料の物性を判断するのに「曲げ強さ(MPa)」を主な基準としてきました。
これでいくとPEEKの曲げ強さは歯科用でも工業用でも170MPaから200MPaといった数字で、クラスⅢ冠の示す約300MPaよりも「弱い」という判断になります。
ところがPEEK冠を実際に触った感じでは明らかにクラスⅢ冠よりも頑丈で、この数字の解釈に悩みます。
そこで即物的に過ぎるとお叱りを受けることを承知でハンマーテストを行ってみました。
このテストの本家本元は米国グライドウェル社です。面白いので皆さんもぜひそのチャンネルを覗いてみてください。
ハンマーテスト
ハンマーテストとは何のことはありません。木の端材の上にクラウンを載せ、家の工具箱にあったこのステンレスのハンマーで直接打撃を加えます。
対象としてクラスⅤのPEEK冠の他に、クラスⅢCAD/CAM冠と、4Y-5Yのマルチレイヤードモノリシックジルコニア冠を用意しました。3つとも同じCADデーターで製作されています。
まずジルコニア冠です。
さすがにジルコニア冠、何ともありません。ハンマーが当たった部分のグレーズがわずかに砕けただけで本体は無傷です。
次にクラスⅢCAD/CAM冠です。
クラスⅢCAD/CAM冠は打った瞬間、手に大した抵抗を感じることなく粉々になります。
ではクラスⅤCAD/CAM冠はどうでしょうか。
耐えた・・耐えました。裂けたり変形したりもありません。
PEEKは素材として耐衝撃性に優れると報告されています。おそらく曲げ強さ以外の要素もこの強さに影響していると思われます。この結果からは単に曲げ強さの数値の比較だけでは物性の判断が十分でない可能性を示しています。
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